観るだけで超能力が身につく…かもしれない映画って!?
テレパシー、透視能力、未来予知…。“もし、超能力があったら…”という夢を抱いたことがある人は多いだろう。『PUSH 光と闇の能力者』(11月7日公開)は、超能力を題材にした映画だが、この映画が描くのは、実は夢のようなストーリーではない。

普通の人々に紛れて生活している超能力者たちが、同じく超能力を持つ者と激しいバトルを繰り広げるというストーリーだが、本作に出てくる超能力を研究する特務機関は、アメリカに実在した研究機関がモデルになっている。米ソ冷戦時代にアメリカで進められていた「スターゲート計画」と呼ばれたその計画では、訓練された超能力者たちによって、例えば、座標だけで目印となる建物や施設を識別したり、行方不明になった航空機の正確な墜落位置を言い当てたり、敵の船の進水日時を予測したりといった、さまざまな驚くべき成果が報告された。

本作では、誰にでも超能力は潜んでいるものだと言っているが、そんなテーマにちなんで試写会ではお客さんに「ESPカード」を用いた透視実験が実施された! 無作為に選ばれた老若男女に、5枚の柄の違うESPカードの柄を当ててもらう実験を3セットずつ行ったところ、なんと鑑賞後は約67%の割合で能力がアップしていたとか。中には、観る前には1回も透視できなかった人が、観た後には2回連続で透視に成功するという例もあったそう。

映画を見ることによって、脳の眠っていた部分が刺激され活性化されたということだが、もしかしたら、あなたも本作を観るだけで本当に超能力が身につく…かも?
# by erotomoka | 2009-11-26 13:54
愛情=お金?
愛情に置き換えて心理状態や性格をはかることが出来るものがあります。

 それは、お金。

 お金をどういう風に扱うかを見れば、その人がどのような「愛情」を持ち合わせているかがわかるのです。


 お金を大切に扱う人は、恋愛の対象に対しても優しい人です。
 お金を大切に扱える人は、愛情を抱いた人に対しても大切に扱う人といえます。恋愛するにはもってこいの人と言えますね。

 ただお金を大切にしすぎると、また話はかわります。
 お金を大切にしすぎて、勘定にうるさい人。いわゆる「ケチ」な人ですね。
 こういった人は恋愛関係についても口うるさくなりがち。愛情について、その相手についてついつい口を出してコントロールしようとしてしまう人です。


 何かあれば財布のチェックをしてしまう、常に財布の中身を気にしてしまう。
 そんな人は、愛情が不足していたり、恋愛に問題を抱えていたり。彼氏がそんな動作を続けていたら要注意です。


 さて、最後にお金を貯めて貯めてひたすら貯めまくる人。
 ようはお金を貯めることだけが生きがいの人ですね。

 こういう人が愛情もためていくかといくと、そうではありません。

 お金を貯めることしか頭のない人は段々愛情が減っていきます。


 お金がたまるのと引き換えに、愛情やそのほかの大事なものを失っていく、悲しい人たちといえます。


# by erotomoka | 2009-10-23 16:07
セフレ 前向きに行け!
このマニュアルを見ても「そんなに上手く行くわけない」と思ってる奴は、
自分に自信が無いからそう思うんだ。

そりゃ人生不戦敗の腰抜け野郎だぜ。

自信が無くても自分が暗くなってちゃいけない。
全ての物事を前向きに考えるとうまくいく。
後ろ向きに考えると失敗する。

何でも良い方に考えないとテンションが下がる。

テンション下がった顔してる奴に誰が惚れるんだ?
誰も見向きもしねえよ。

ポジティブに考えればテンション上がるし、
テンション上がれば成功率も上がるってこと。

いつでも明るい人はみんなに好かれるだろ?
オマエらもそういう奴になれ。

暗い奴が明るい奴に勝てるわけねえだろ?
凹んだり、鬱入ってたらその間に邪魔が入って取られちまうぜ。
みんな頑張れ。応援するから。

今が一番楽しいだろ?
一人の女相手に気が狂うほど悩んだり、些細なことで喜んだり感動したり。

そういう心の葛藤も楽しんで行こう。
それが恋愛の最高の醍醐味だ。

テンション上げて行こうぜ!
いつでも前向きに、ポジティブにGO!
# by erotomoka | 2009-09-09 12:49
大きなやりたいこと&小さなやりたいこと
 「やりたいことが見つからない」「やりたいことができない」と言う人の中には、やりたいことは「すごいことじゃないといけない」と思い込んでいるのかもしれません。
 すごいことで、かつ、自分にできることは、簡単には見つからないのではないでしょうか。

 「やりたいこと」には、小さなやりたいことも、中ぐらいのやりたいことも、大きなやりたいこともあると思います。
 小さなやりたいことも探してみてはどうでしょうか。

 夢や生きがいなどの大きなやりたいことはすぐには見つからないかもしれません。
 そういうものが見つかるまで、「やりたいことがない」と何もやりたいことをしないで、つまらない時間を過ごしていていいのでしょうか。

 大きなやりたいことが見つかるまでは、小さなやりたいことをやればいいのです。
 そのほうが楽しいし、うまくできれば達成感や自信を得ることもできます。
 その延長に大きなやりたいことが見つかるかもしれません。

 小さなやりたいことなら、考えればいろいろ思いつくのではないでしょうか。
 衣食住、職場・学校、趣味などの自分の生活の中で、何か小さなやりたいことがないでしょうか?
 「好きなこと」や「感じたい幸せ」をヒントに考えてみれば、何か思いつかないでしょうか?
 何でもいいのです。簡単にできることでいいのです。自分がちょっとでもやりたいと思うことならいいのです。

 「すごいこと」をやりたいという思いが強い人は、人の目や世間体のようなものを重視しているのかもしれません。
 それよりも、自分の(やりたい/興味がある/好きなどの)気もちを大切に考えてみてはどうでしょうか。

 自分がやりたいことをやろうと意識して実践し、少しでも愉しめることが重要なのだと思います。
 そうすれば、「やりたいことができている幸せ」を感じられるのではないでしょうか。
 「やりたいことができている」という自覚をもてることが大きいのだと思います。

 小さなやりたいことをやりながら、大きなやりたいことを探していけばいいのではないでしょうか。
# by erotomoka | 2009-07-29 11:46
欲求を解放する
ある劇団では、新しく入った役者に度胸をつけさせるため、人の多い通りで大声で歌を歌わせます。
新人役者たちは、はじめのうちは恥ずかしそうにしていても、やがて慣れてきて、平気で人前で歌うことができるようになります。

それは、他人の厳しい視線に耐えられるほど神経が図太くなったからではありません。「他人は、それほど自分のことなど気にかけてもいないのだ」ということに気づくからです。
道行く人たちは皆、ちらりと目をやるのですが、たいして気にもかけず去っていくのです。
役者たちはやがて、「もっと注目されるにはどうすればいいか」と考えるようになります。

恥ずかしがり屋の人は、たいてい、自己顕示欲が強いものです。本当は、他人から注目されたくて仕方がないのです。
「人と話すのが恥ずかしい」という感情の裏には、「他人は、いつも自分のことを細かく気にかけているに違いない」という思い上がりがあります。
それを抑圧し、ごまかそうとして、まったく反対の行動をとってしまうのです。

他人から注目されたいという欲求は、通常の人付き合いではいろいろ困ることもあるでしょうが、悪いことばかりではありません。
たとえば役者という職業は、自己を表現したいという強い欲求がなければ、観客の心に響くようなよい演技はできないでしょう。
劇団が新人役者に人前で歌わせるのは、自分の素直な欲求を自覚させるためでもあります。

気が強く負けず嫌いの人は、スポーツ選手になるには有利でしょうし、神経質で凝り性の人は、芸術家や職人に向いています。
どんな欲求も、無理に抑圧せず、よい形で解放する方法を見つけてやれば、かえって自分の大きな強みとなるものです。

「自分は容姿がみにくいからモテないのだ」という人がいます。
「なぜ他人は皆、容姿で人を判断しようとするのだ」と嘆いているのですが、実はそういう本人が一番容姿にこだわっているのです。
本当に自分が「容姿は人間の価値とは関係がない」と思っているのであれば、容姿のこと自体が気にならないはずです。

世の中のほとんどの人は、他人の美しさというものを、目鼻立ちのみによってではなく、内面からにじみ出る表情なども合わせて判断しているのに、「容姿で人を判断するな」と訴えている当の本人だけが、「生まれつきの美人やハンサムでなければ愛されない」という偏見に凝り固まっているのです。
そういう人は、以前に誰かから容姿のことを悪く言われ、その人をずっと許せずにいるのでしょう。
人を許せない自分が許せないから、いつまでもこだわってしまうのです。

自分に自信がもてない人は、自分は他人に何かを許してもらわなければならない立場なのだと思い込んでいます。他人が許してくれないから、自分は他人を怖れてばかりいるのだ、というわけです。
しかし、実は逆なのです。自分は「他人に許しを請う側」ではなく、「他人を許す側」なのだということに気づいてください。
自分の心の裏側に渦巻いている「他人への怒り」を解放してやらなくてはなりません。

他人がどういう言動をしようとも、「その人がそうした、そう言った」という事実があるだけです。何かが減るわけでも、飢え死にするわけでもありません。
殿様の機嫌を損ねれば切り捨てられることもあった江戸時代ならまだしも、自由と平等の時代である現在、「この人に認めてもらわなければ、自分は絶対に生きていけない」などという相手は存在しません。

腹が立ったり、ショックを受けたりしたときは、「それによって、どのような実害を被ったか」を冷静に考えてみてください。
たいていのことは、取るに足らないことなのです。人生の目的は、「他人にバカにされないこと」ではないはずです。

他人は、自分以上には自分を理解してくれません。
自分のことをもっともよく判っているのは、自分自身なのです。
「他人に理解してもらうこと」を求めすぎてはいけません。自分が自分の素直な感情や欲求を認めてやれば、それで充分なのです。

自分の良心にやましいところがなければ、誰かの許しを請う必要などありません。自分の欲求に従い、思うままに生きればよいのです。
そのためにはまず、自分を傷つけた人を許し、自分自身を許してください。
人は皆、「許してもらわなければならないこと」よりも、「許さなければならないこと」のほうがはるかに多いのです。
# by erotomoka | 2009-07-24 16:53


< 前のページ 次のページ >